ログインあぁ、本当に馬鹿な人たち。ここが何家の家か存じ上げていないのかしら?
王妃は随分と箱入りに育てられていたみたいだけど、ここまで馬鹿だとは思わなかった。いっそ、憐みも感じてくるわ。 「み~つけた♪ 隠れられると思ったら大間違いですよ?」 「な、どうしてここに?! さっきまで、自室にいたはずじゃないのか!」私が庭の茂みからひょいッと顔を出すと、お化けでも見たような顔で逃げ出そうとする衛兵たち。本当に耐え性がないわね。
あなたたちいつも魔物と戦っているのでしょう? 貴族の小娘を見ただけで泣くなんて軟弱すぎる。
そんなに泣くほど私が怖かったのだろうか?
逃げ出したものの中には――お漏らしをした者もいる。ちょっとやめてよ、不法侵入しておいて人の庭先を汚すだなんて。
「で、でも、無防備な姿で一人、のこのこと出てきたのは俺たちにとって好都合だ!」
「あぁ、そうだな。なんて言ったって相手は一人だ。どうにでもなる。」随分と舐められたものね。彼らは知らないのかしら?
私が卒業パーティーで王子に顔面ストレートを決めたこと。 そして、私が『社畜令嬢』以外にも
まぁ、生まれたての小鹿みたいにプルプルと震えているところを見る限り知らないわけじゃなさそうだけど。
「王妃の可愛い可愛い兵隊さん。悪いことは言いません。早急にこの屋敷から出ていくことをお勧めします。皆さんが今やっていることは不法侵入ですよ~」
私はできるだけ殺気を抑えながら、子を諭すよう彼らに穏やかに告げる。
これで去ってくれるのが一番いいのだけれど。
「へ、なんでお前の言うことを聞かねばならないんだ」
「そうだ、傲慢なことを言っているみたいだが、俺たちにお前は手を出せないはずだ!」やっぱり、こう言ってもダメだったみたい。
なんとなく予想で来ていたから、残念だなんて思わないけど。
さっきまでびくびく震えていた癖に、今はもうふんぞり返る余裕まで出てきているのか。
こういう切り替えの早さだけは優れているのね。本当に主である王妃にそっくり。
「警告はしましたからね」
「ふっ、『社畜令嬢』ぐらい俺たちにかかればいちころだ。警告するならとっとと投降した方が身のためだぜ?」『社畜令嬢』って呼ばれるの本当に不快極まりない。
学校だけで呼ばれているあだ名だと思ったら、王宮でも呼ばれているんだ。ふーん、そうなんだ。絶対に王妃がきっかけでしょう、それ。
これから私を拘束するために動くのだというのに、全くもって緊張感がない。
武器は構えていないし、戦闘の準備が全くできていない。こういうことなら、もうちょっと暴れるべきだった。
そうしていれば、今よりも舐められた態度はとられなかっただろう。
「今日はこの言葉をその身に刻んで帰ってください。『人を名声のみで判断してはならない』と」
私が指を鳴らすと、彼らは意味も分からずその場に倒れこむ。 「へ?」と間抜けた声を出す者もいた。だが、月すら出ていない夜だ。
自分の身に起こっていることが理解できないだろう。身を捻らせて暴れている。こんなにすんなり拘束されるとは、王宮の警備が心配だ。
――まあ、そんなこと心底どうでもいいが。
「お、お前何をした! お、俺たちに危害など加えられないはずだぞ。」
「何をしたって、不法侵入を行った当たり前のことを言っただけなのに、なにを驚いているのか。
まさか、王家衛兵である自分たちなら何をやってもいいとか思っていたりしないわよね?さすがにそこまでうぬぼれてはいないだろう。
――いないよね、あの王妃の手のものだから寒気がするんだけど。「ほ、他の家ではこんなことなかった!」
あ、あ~そんなに堂々と発言するのね。
しかも、ここだけではなく他の家もやっていたの? 呆れて声も出ないわ。「あのね、ここで適応されるのは王妃の定めたルールじゃないの。リュミエール王国の法なのよ。だから、大人しく連れていかれなさい」
唯一、いや、あえて拘束しなかった自称・王妃付きの衛兵が顔を青くする。
それも、そうだろう。 何せ彼の目の前にいるのはリュミエール王国の正式な警備隊なのだから。一番前に立っている男には一枚の白い紙。
――そこには『逮捕状』と書かれていた。「エキャルラット家から通報があったから来てみたら、最近不法侵入を繰り返していたものとそっくりではないか。全員、連れていけ」
その一声に合わせて警備隊の者たちは倒れている者たちも含め、馬車に箱詰めしていく。
彼らの怒声に、険悪な表情に連行されていく者たちは涙目である。
そんなに怖いのなら、こんなことやらなきゃよかったのに。最後に一つプレゼントをしてあげよう。彼らにとってある種とっておきの。
「私、人に邪魔されるのがとーっても大嫌いなのです。だから、次私のものに手を出したりしようとするのなら、一切の容赦をするつもりは無いからね?」
男に耳打ちすると、「もう二度としません」とか細く震えた声が返ってくる。理解できたのならばよろしい。
あと、「鮮紅令嬢、おっかねぇな」って言った奴、顔しっかりと覚えたから。
「ルイーズさん、今日はお疲れの中、申し訳ございません。もう少し、私たちが早く来ていたのなら、あなたの手を煩わせずに済んだのに」
「別にこれぐらい構いませんわ。それにそんなことをやったらあなたたちも彼らと同じになってしまいますし」実際私無傷だし、肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方が酷い。何なら一発で仕留められたから、煩わしいとも思わなかった。
とりあえず、一つ目は解決したということで、もう戻ってもいいかな?
「この後、事情聴取とかってありますか?」
「本来ならありますが、この屋敷には記録魔法《レコード》が展開されていますし、その資料をもらえれば今日のところは構いません。」 もう夜も遅くなっているし、当然か。あの鬼気迫る警備隊たちを見る限り、私以外の件も片づけないといけないみたいだ。「ありがとうございます。事情聴取をする日が分かったら、連絡お願いいたします」
そうして、私は記録魔法《レコード》で得た映像を保存している媒体を彼らに渡し、足早に屋敷に戻った。
*
「お待たせしてしまい申し訳ございません。少々、害獣が家の中に入ってきてしまっていたみたいで」
「い、いえ、別に構いませんよ」部屋に戻ると、さっき部屋から移動する前に中へ入れた時と同じ場所に、彼は佇んでいる。
あら、さっきより心なしか羽が湿っているような……。
それに、ここまで彼はどもり気味にしゃべってはいなかった気がする。「それで、本題とは何でしょう? わざわざこうして足を運んでいただいているということは、重要なことなのですよね。」
さて、彼の『本題』と言うのは一体何のことかしら?
「どうか、陛下の求婚を断っていただけませんか。このままではあなたを不幸にさせてしまう」
「私が不幸になると言うのは一体どういうことですか?」 イヴァンの部下であるルカにそう告げられて、一番最初に気になったのがそこだ。 婚約破棄される不名誉なお前は相応しくないとか、小国の女が我ら帝国に合うわけがないとか。 そう言う観点から『求婚を受けないでください』と言うのはよく分かる。 でも、彼はそうとは言っていない。「皇帝陛下が『冷血皇帝』と恐れられていることを知っていますよね?」「それは勿論、一貴族として世界の情勢を把握していて当然ですわ。もしかして、関係あるのですか?」「はい、その通りです。しかし、その一端に過ぎないと言いますか……。」] そう言うと彼は気まずそうに私から視線を逸らす。その様は少し気恥ずかしそうだ。まるで、思春期の男性が魅惑的な女性を見て恥ずかしがるような。 なんとなく『冷血皇帝の奥方と言う色眼鏡で見られる』という理由だと思っていた。 でも、あの様子じゃそうではなさそう。 私が想像しているよりももっと内密な理由なのかしら?「あの方はすごくモテるのです。特にいわゆる背伸びしがちなあなたぐらいのお嬢様方に。」 なるほど、そういうことね。理解したわ。 皇帝陛下はすごく顔が美しい。透き通るような白い肌、雪のように眩い白銀の髪、氷のような青い瞳。 ――神の手で作られた彫刻と称されるほどだ。 つまり、今すごーく恥ずかしそうにしている彼はこう言いたいのか。 『あの方がほかの女性に目移りして、あなたのことを蔑ろにしてしまうのかもしれない』とか、『ほかの女性があなたに嫉妬して、あなたを不用意に傷つけるかもしれない』と。「フフ、実にばかばかしい戯言を吐かれるのですね。」「た、戯言などでは……。」 私のことをガラス細工のように儚いと思っているの? 伊達に私は|ヴィクトル《ぼんくら王子》の婚約者をやっていたわけじゃないのよ。 しかも、息子にはちょーぜつに甘い王妃付きのね。「い
あぁ、本当に馬鹿な人たち。ここが何家の家か存じ上げていないのかしら? 王妃は随分と箱入りに育てられていたみたいだけど、ここまで馬鹿だとは思わなかった。いっそ、憐みも感じてくるわ。 「み~つけた♪ 隠れられると思ったら大間違いですよ?」「な、どうしてここに?! さっきまで、自室にいたはずじゃないのか!」 私が庭の茂みからひょいッと顔を出すと、お化けでも見たような顔で逃げ出そうとする衛兵たち。本当に耐え性がないわね。 あなたたちいつも魔物と戦っているのでしょう? 貴族の小娘を見ただけで泣くなんて軟弱すぎる。 そんなに泣くほど私が怖かったのだろうか? 逃げ出したものの中には――お漏らしをした者もいる。 ちょっとやめてよ、不法侵入しておいて人の庭先を汚すだなんて。「で、でも、無防備な姿で一人、のこのこと出てきたのは俺たちにとって好都合だ!」「あぁ、そうだな。なんて言ったって相手は一人だ。どうにでもなる。」 随分と舐められたものね。彼らは知らないのかしら? 私が卒業パーティーで王子に顔面ストレートを決めたこと。 そして、私が『社畜令嬢』以外にも二つ名を持っていること。 まぁ、生まれたての小鹿みたいにプルプルと震えているところを見る限り知らないわけじゃなさそうだけど。「王妃の可愛い可愛い兵隊さん。悪いことは言いません。早急にこの屋敷から出ていくことをお勧めします。皆さんが今やっていることは不法侵入ですよ~」 私はできるだけ殺気を抑えながら、子を諭すよう彼らに穏やかに告げる。 これで去ってくれるのが一番いいのだけれど。「へ、なんでお前の言うことを聞かねばならないんだ」「そうだ、傲慢なことを言っているみたいだが、俺たちにお前は手を出せないはずだ!」 やっぱり、こう言ってもダメだったみたい。 なんとなく予想で来ていたから、残念だなんて思わないけど。 さっきまでびくびく震えていた癖に、今はもうふんぞり返る余裕まで出てきている
そう胸を張っても、一つ重要な問題があることを思いだす。 他にも問題は山積みだけど、彼とどうこうするうえで重要な問題だ。 私、ルイーズ・エキャルラット、上流とは言え一介の貴族令嬢。 彼、イヴァン・キリーロヴィッチ・ヴォルコフ、私にとって異国の皇帝。 そう簡単に連絡が取れるわけないし、連絡手段が分からない。『また、会いましょう』って言っていたから、会う意思があるのはよく分かる。 でも、どこに行けば会えるって言うんだ。「エキャルラット嬢、今お時間はございますか?」 どこか聞き覚えのある声が窓の外から聞こえるような……。気のせいよね? でも、確かに窓のガラスはノックするリズムと同じタイミングで揺れているから、外に誰かいるのは間違いない。 まさか敵襲?!……なわけないよね。もしそうだったとしたら、片腹痛いわ。 敵陣にノックするなんてどれだけ余裕なの?ってツッコみたくなる。 でも、煽り目的だってこともあり得るから、警戒しておくに越したことないか。「あら、あなたはヴォルコフ閣下の馬車に乗っていた……」「覚えていらっしゃったのですか?それに今はこのような鳥の姿でも分かるのですね。」 「今日会ったばかりではないですか。そんな簡単に人のことを忘れることはありませんよ。確か、あなたはルカさんでしたか?」 恐る恐る窓を開けると、そこには夜と同化しそうなほど黒いカラスが一羽。 そのくちばしから出る声は間抜けた鳴き声ではなく、成人男性の落ち着いた声そのものだ。 「あっておりますよ。私のことを見つめてどうかなさいましたか?」 憑いているって感じはしないし、なにか特別な種の鳥には見えない。 と言うことは……「変化魔法《トランス》ですよね?精度が高くて羨ましいと思って。」「ありがとうございます。おっしゃる通り、変化魔法《トランス》で
「はぁ、渇望ね……」 部屋の中に戻り、ろくに着替えもしないまま、ベッドの上で寝そべりながらイヴァンに言われたことを思いだす。 渇望とはいっても、色々な種類があるわよね? 好きな人に愛されたいとか、お金持ちになりたいだとか。 でもきっと彼が言いたいことはそういうことじゃないし、私自身もそうとは思わない。 現にヴィクトルに婚約破棄された今も、悲しいという負の感情よりも『これからどうしよう』と言った戸惑いの方が強い。「姉さん、帰ってきているのか? いるなら返事をしてくれ」 ドアをノックする音で思考の海から急激に意識が現実へと引き戻される。「入ってもいいわよ。……あら、ジョセフ。あなたまだ顔赤いじゃない。熱は下がっているみたいだけど」 とっ散らかった部屋を適度に整頓してドアを開けるとそこには弟であるジョセフが立っていた。 彼の頬は赤く、熱にでも浮かされているのか心なしかぼんやりとしている。 こんな状態で私の部屋にまで来たのか。歩いてくるのだけでも辛かっただろうに。 とりあえず、部屋の中にある椅子に座らせる。 ドアの前にいた時よりも表情は険しいものではなくなっている。「ジョセフ……」「もう、大丈夫だ。それよりも姉さん、ごめん。俺、あのバカ王子止められなかった。婚約破棄なんて姉さんの顔に泥を塗るような真似をするほど愚かだなんて」 風邪を引いて今日のパーティーを欠席したジョセフにも情報は行っていたのか、がっくしと言わんばかりに頭を下げる。 元から真面目過ぎるというか、マメな性格ゆえに情報を重くとらえてしまうことが多い。 しかし、今の狼狽具合は凄まじいものだと思う。 やっぱり風邪を引いてしまっているのが余計にそうさせてしまっている。 多分生半可なことを言っても絶対に引き下がらないからな。 こういう手段を使うのはあまりよくないけど仕方がない。「顔をあげなさい、ジョセフ。あなたがあの男に関して謝る必要はない。謝るならこっちの方よ。――だって、私殿下のことをぶん殴ってしまったもの」 淡々と彼に告げると、天を仰ぎ見るようにため息をつく。 本当はこんな励ましの中で、言うつもりは全くなかった。 でも、仕方がないのだ。 きっとあのまま曖昧な態度でジョセフに何か言っても顔をあげることはない。 頑固なジョセフのことだ。 このままでは
なぜ、今私は馬車に揺られているのだろうか……。 しかも、先ほど求婚してきたフリーギドゥム皇帝、イヴァンの馬車だ。 彼に求婚されてからしばらくの記憶がない。 しばらくと言っても、ここ一時間か二時間ぐらいのことだけど。 何か変なこと、起こっていないよね? 「緊張でもしているのか?何、そう縮こまる必要はない。俺の隣にでも来るか?」「いいです。ただでさえ、馬車に乗せてもらっているのだから。そこまで甘えることはできません」「そうか……」って捨てられた子犬のように肩を落としているがそんなに悲しかったのか? 彼が自分自身の馬車なんだから、自由に過ごすのはよくわかる。 でも、私は乗せてもらっている立場なんだからそんな失礼なことできるわけない。 そもそも、異国の皇帝と馬車に揺られているという異常な状況で安らぐことなどできるわけがない。 ましてや、『冷血皇帝』と恐れられる男の馬車なのだ。 何か粗相があったとしたら、今度こそ私の人生は終了するだろう。「わ、分かりましたわ。少しはしたないですが、足を伸ばしてもいいですか?」「あぁ、別に作法とかを俺は気にせぬ。古臭い慣習などあったって無駄だからな」 窓の外を懐かしむように見つめながら、そう零す彼はとても冷酷には見えない。 本当に彼は『血も涙もない冷酷さ』を持つとされる男なのだろうか?「俺をそんなに熱烈に見つめてどうした?」 き、気づかれていた。 ただ何となく目の前の彼が気になってしまったから、見ていただけだけど。しかも、熱烈だなんて。 私、そんなに彼を真剣に見ていたの? そんな不毛なことを考えながら恐る恐る足を伸ばす。 足が向かい側に座る彼の横に当たらないのか不安だったけど、全然大丈夫みたいね。 今日はヒールを履きっぱなしだったし、少し足が疲れたからもう少し伸ばそう。「そういえば、レディはエキャルラット家の
≪ルイーズ視点≫ や、やってしまった。どうしよう、もう取り返しがつかないよ。 いつか自分でもやらかしてしまうかと思っていたけど、ついにヴィクトルの顔を殴ってしまうとは。 しかも、綺麗な顔面ストレートを決めるだなんて。二発決めちゃったよ、どうしよう。 このパーティーが始まる前の書類仕事による疲労ですべてを投げ出したいと思っていた私に予想できただろうか、いや、できない。「ひ、ば、化け物」 「王子をあんなに容赦なく殴るなんて。何をしていたらできるんだろうな。」 当たり前のことかもしれないけど、周囲から刺さる視線がとても痛い。恐怖する者が多くを占めているけど、令嬢の何人かは眉をひそめているわね。「暴力に走って下品ですこと。私たちには到底できない真似ですわね」 「やはり、エキャルラットの者たちはみな野蛮なのね」 彼女たちの視線の意味はよく分かる。上位貴族とはいえ、一介の貴族令嬢がどんな理由であれ王子を殴ったもの。不快なものを見るような視線を向けたくもなるわ。 でも、私は私のした選択を別に後悔していない。それどころかむしろ、考えうる中で一番ましだった結果だと思える。 あの時、ジョセフが――私の弟が理不尽な理由で、国外追放だなんて過分な処分を下されるのはどうしても耐えられなかった。 タイミングよく国王陛下がいらっしゃらなかったら、多分もっと過激な手段を用いてしまっていたのだろう。 そして、本当に国外追放あるいは極刑に処されてしまうだろう。 そう考えるだけで本当に寒気がする。私の人生を棒に振るのは構わないけど、家族の人生まで棒に振るのは嫌だ。「お、お前父上がいくら許可したからと言って無礼だぞ!やはり、お前のような奴はこの国にはおけない。え、衛兵、この女をつまみ出せ」 「し、しかし、ヴィクトル殿下……」 衛兵が私に震えながら近づこうとするが、彼らの動きはのろまでキレがない。故に避けることなど、私にとって造作もないのだ。そもそも、ほとんどの衛兵たちは棒立ちのままだし。「な、なぜ動かぬのだ。こののろまどもが……!」 「殿下、今ここにいる人間の中で一番偉いのはあなたではなくてよ。その人間が沈黙を保っているのだというのに、衛兵がろくに動けるわけないでしょ?」 その証拠にほら、小刻みに震えながらも頷く衛兵が何人もいるでしょう? 国王もため息